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高松高等裁判所 昭和58年(う)153号 判決 1983年9月19日

被告人 小松原義信

昭二・一二・四生 会社員

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人熊川照義、同中村忠行共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官川口清高作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第二について

所論は、道路運送車両法九四条の五第二項の「証明」というためには、保安基準適合証を作成したというだけでは足りず、さらにこれを外部から覚知し得る状態、すなわちその意思内容を何らかの形で相手方の感得し得る蓋然性をもつ状態に置くことを必要とするから、これと異なる原判決の判断は誤つているという。

しかしながら、本件において自動車検査員である中村栄二が行使の目的をもつて原判示のとおり内容虚偽の保安基準適合証を作成したことによつて、同条項の「証明」したということができ、これ以上に何らかの行為を必要としないと解されるから、論旨は理由がない。

控訴趣意第三について

所論は、被告人には自動車検査員の中村栄二が公務員としてみなされていることの認識がなく、事実の錯誤があつたから故意は阻却され、虚偽有印公文書作成教唆の罪は成立しないという。

しかしながら、原審において適法に取調べられ、任意性、信用性に疑いをいれない被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書並びに原審公判廷における供述によれば、被告人は有限会社中央自動車に昭和四四年以来営業係として勤務し、同会社が高松陸運局長から指定を受けた自動車整備事業者で、中村栄二が自動車検査員の資格者として、自動車が保安基準に適合するかどうかを検査し、適合証を作成する業務に従事し、これを陸運事務所に提出すれば自動車検査証が更新されることを知つており、自動車検査員の仕事は陸運事務所が行なう仕事とほとんど同じものである(一二月一七日付検察官調書)、検査員は陸運局の役人と同じような身分であり、陸運事務所の代行というような形になつている(原審公判供述)との認識を有していたことが認められ、右によれば虚偽有印公文書作成教唆の罪の成立に必要な事実の認識としては十分で、故意を阻却されるいわれはない。従つて、この論旨も理由がない。

控訴趣意第四について

所論は、本件の道路運送車両法違反罪が成立する場合は虚偽有印公文書作成罪は成立しないと解すべきであるのに、両罪の成立を認めこれが観念的競合の関係にあるとした原判決は誤つているというのである。

しかしながら、道路運送車両法九四条の五第二項、一〇七条二号の罪と虚偽有印公文書作成罪の各保護法益、規定の体裁、刑罰の内容等に徴すると、前者が成立する場合に後者の適用が否定される理由はなく、それぞれに該当する事由がある以上両罪が成立し、しかも観念的競合の関係にあると解される。本件においては、被告人及び本犯ともに、自動車が保安基準に適合しないことを認識しながら本件保安基準適合証を作成したものであり、原判決の判断に誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第五及び第六について

所論は要するに、被告人の本犯に対する教唆行為は未遂に終つており、本犯の実行行為との間には因果関係がないというのである。

しかしながら、原判決挙示の各証拠、とりわけ被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書並びに中村栄二の検察官に対する供述調書によれば、被告人はその勧誘により車の継続検査を中央自動車で受けることとなつた宮崎昇一から車高の下がつた本件車両を受け取り会社に運び込んだところ、中村栄二からこのような車は車検に通らないといわれたが、苦労して見つけた客であることから、右中村に対し何とか検査を通してくれるよう無理に頼み込み、その結果最初その気のなかつた中村もついに被告人の右求めに応じることにし、内容虚偽の保安基準適合証を作成するに至つたことが認められ、このように被告人の教唆によつて中村が犯行に及んだことが明らかである。被告人は原審及び当審公判廷において、中村栄二に対し車高下げのまま検査を通してくれるよう頼んだが断わられ、同人から車を直すのに必要な部品を持つてくるようにいわれ、その旨宮崎昇一に連絡していた旨述べ、右中村も原審においてこれに添う証言をしているが、これらの供述及び証言は前記証拠や宮崎昇一の原審証言に照らし信用できない。

なお所論は、被告人の捜査段階の供述は捜査官に迎合してなされた疑いがあるというが、右供述は中村栄二の供述内容ともよく符合し、身柄を拘束されることなく取調べを受け、作成された被告人の供述調書の任意性、信用性は十分肯定することができる。この点の論旨も理由がない。

控訴趣意第七について

所論は量刑不当を主張し、罰金刑で処断すべきであるというのである。

そこで記録並びに当審における事実取調べの結果により検討すると、本件は車検制度を無視し、その信用を失墜せしめた悪質な犯行であるのみならず、被告人は昭和四三年以降業務上過失傷害罪による二度の罰金刑と道路交通法違反罪による二度の執行猶予付懲役刑及び累犯となる懲役刑を受けた前科を有し、法無視の態度が顕著であることを考えると、被告人の本件刑責は軽視することができず、被告人の年令、反省の態度等の事情を斟酌しても懲役八月の量刑はやむを得ないところであつて、重過ぎ不当であるとは認められない。本論旨も理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 金山丈一 高木實 田尾健二郎)

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